「社会から孤立するのを嫌がる国民性」
反骨の写真家の告白
「写真家として生きて行くのは金銭的にも精神的にも厳しいですけど、その代わりに好きなことを好きなだけできる権利を持っています」。反骨の写真家前田洋平さんがスプートニクのインタビューで、どのようにして伝統的な道ではなく、険しいニート芸術家の運命を歩む決断をしたのかを語った。
前田洋平さんは香川出身、27歳の写真家である。彼はこれまでに、海外だけでなく国内でも数多くの展覧会に出展し、個展も開いてきた。彼は自分をニート芸術家と呼び、世間から広く認められることを模索しないと語っている。前田さんは商業活動と芸術を切り離し、アンダーグラウンドにとどまることを好む。彼の芸術は、本質的に、人生そのものである。それは、世間の押し付ける「正しい」生活様式に関するステレオタイプの再評価であり、カメラを持たず、スマートフォンしか持たない人間でも自分は写真家だと名乗ることができるような現代世界における写真の再考である。
生きるために写真を撮ることと、写真を撮るために生きることは全然違う
写真にハマった大学生の頃、前田さんは写真スタジオで下働きのアルバイトを始めた。しかし、大学卒業後、路頭に迷わないよう、彼はアルバイトを転々とすることになった。どんなに頑張っても、若手写真家が芸術だけで食べていくのは簡単なことではないからだ。

前田さん: 僕は写真家ですとかというと、変な奴だと思われるかもしれません。日本では、普通の人からしたら、仕事をやめて、写真家になるって頭が悪いんじゃないかみたいな考えじゃないですか?人にはオススメはしないですね。

スプートニク: 安定した生活を捨てて、写真家のような不安定な生活を選んだ時はどう思いましたか。

前田さん:僕には家族がいないので頼れる人がいない中で、現実と戦わなければいけません。年金の支払いとか税金の支払いとか生活するのが大変ですけど、一度決めたことなので突き進むしかないです。




スプートニク:
日本は伝統やルールが極めて大切にされる国です。不安定な職業を選ぶという普通ではない選択が日本の現代社会の傾向なのだと考えて良いでしょうか?それとも、あなたが白いカラスなのでしょうか?

前田さん:日本において、最も重要な事は「空気を読む」という事です。ルールだからとか上司が言ってるから、とか。また「村八分」という言葉が示す通り、僕たちは社会や組織から孤立するのを極端に嫌がる国民性があります。例えば、皆が同じ事をやっているから、僕も同じ事をしておこう、とか。日本人が規律正しいと言われている理由の一つかもしれません。だけど、空気を読んだり、皆と同じ事をすることが常に正しいとは思いません。自分の人生なのだから、他人を気にしすぎたり何を言われようが好きに生きればいいじゃないですか。

スプートニク: 商業的に成功して、有名になれば、世間のあなたに対する態度は変わると思いますか?

前田さん:有名でもないのでわかりません。初めて会う人に「写真家やってます」というと「お金稼げるの?」と聞かれます。だから、最近は「日本一、売れていない写真家です」と自己紹介しています。実際、写真家として生きて行くのは金銭的にも精神的にも厳しいですけど、その代わりに好きなことを好きなだけできる権利を持っています。これはお金に変えられない価値ですし、誇りでもあります。


写真の話になると、声のトーンが一変する。あなたにとって写真とは何ですかという質問に対して、前田さんは言葉にためらうことなく答えた。
前田さん: 写真がなければ僕はクズなんで、写真を撮らないことが想像できません。でも反骨心みたいなのを持ちたいですね。写真は誰かの悲しみだったり、誰かの叫びというのを代弁できるほぼ唯一のメディアだと思います。自分に対してではなく誰かの叫びみたいなものを、やはり拾いたいなと思います。その人たちが、社会に対してどう思っているか、というのも、すごく大事なところだと思いますし。写真はどうしても記録なので、自分がそういうものを記録しているということを、しっかり認識することがとても重要だと思うんです。そうなると、やはり反骨心というか、別に何を言われようが関係ないです。
「写真を撮るだけで殺されることはないと思っていた」
彼にとって最初の大きな作品となったのが、パリ郊外にある、住民の5分の2が移民というサン=ドニのコミューンで撮影された『93 Hard Core』シリーズである。ヨーロッパの文化の中心に来て、自分がこれまで描いてきたイメージと現実はかけ離れていることを認識した。そのとき彼は、印象派の故郷に残り、「移民ゲットー」での暮らしを自ら体験することに決めたのである。
前田さん:毎日ストリートに出て、人を撮ったりしていたのが冒険のようで、ストリートを撮るのが凄く楽しかったです。いくらゲットーで危ない所だと言っても、写真を撮るだけで殺されることはないと思っていました。別に怖さとか恐れみたいなのはなかったです。どちらかというと、好奇心の方が大きかったです。
一回だけ、怒らせたことがあります。仕事している人がいて、撮らせてくださいと言ったんですけど、ダメでした。断られると最初からわかっていたので、その時にパンと撮って逃げたら、追いかけられました。

前田さんは、笑顔でサン=ドニでの冒険について語ってくれたが、この地域の犯罪率は笑い事ではない。フランスの首都からわずか10キロの距離にある93番目の県は犯罪統計が異常に高く、控えめに言っても「不幸な」街である。地元のフレンチヒップホップの「Tandem」という人から借用した名称を冠した『93 Hard Core』シリーズは、人種のるつぼであるこの地域に半年間暮らした集大成である。

前田さん:「フランスの建国記念日の時にデモしているところに入って写真を撮ったこともあります。機動隊はデモをしている人たちを皆捕まえていたんですよ。僕も中にいたから、捕まるんじゃないかなと思っていました。でもアジア人は僕しかいなかったので、警察の人に怒られて、出て行けと言われました。出て行くわけないじゃないですか。ずっと写真を撮っていました。」
「世界中を旅する中で思うことは、僕は他者」

スプートニク:ロシアに行ったら何を撮りたいですか?
前田さん: ロシアン・アバンギャルド以降の建築から社会主義体制下、ペレストロイカ前後のロシアの住宅やインテリア、服に興味があります。近代ロシア建築に興味があります。実際に見てみたいですし、チャンスがあれば住んでみたいです。あとは、チュクチに会いにいきたいです。

スプートニク:このような旅を続けられた後、自分を日本の写真家だと思いますか?それともコスモポリタンだと思いますか?
前田さん:世界中を旅する中で思うことは、僕は他者だということです。多様な文化や土地に根付く固有の文化に触れることがたくさんあって、そこではある種「外部」の人間であることを意識します。だからこそインファイトして、言葉もわかんないけどとにかく話しかけます。あなたの仕事中に写真撮らせてくれとか。今は地元を撮っていて、僕が日本の事を表面的な見方しかしていなくて、理解しようとしていない事に気が付きました。例えば、日本人特有の差別意識、「穢れ」といった概念はどのように発生し、どのように広がっていったのか。質問の答えになってないかもしれないけど、僕は僕でしかないです。日本人であるとか、地球人であるというより、一人の人間として、目の前の人間に向き合う事のほうが重要だと思います。
Photo by Jacob
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現在、若い芸術家の彼はいくつかのプロジェクトに取り組んでいる。そのひとつが長期的な地元のドキュメンタリーである。もう一つのプロジェクトである、台湾のストリートスナップやポートレートを来春、沖縄のPINUPギャラリーで展示する。彼の作品を見たり、彼にメッセージを送りたい方はこちらから
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