スプートニク日本がお届けします
今年日本で予定されている新しい大規模プロジェクト、フェスティバル「ロシアン・シーズン21世紀」は、ボリショイ劇場バレエ団の公演で、その幕を開ける。公演は5月31日から6月19日まで、広島、東京、大阪、大津そして仙台の5都市で行われる。
今年、日本が感動に包まれる…
スプートニクはボリショイ劇場来日公演を取り上げるシリーズ記事三本のうち、初めの一本をご紹介する。これによって世界的に有名なバレエ「白鳥の湖」の歴 史を知るだけでなく、ロシアバレエのスター達や若きダンサー達のインタビューをご覧いただき、日本や来日公演にかける彼らの想いをお聴きいただくことがで きる。
ロシアの全てを日本にもっていく
ユーリー・グリゴローヴィチ
来日公演で上演されるのは、「ジゼル」「白鳥の湖」「パリの炎」だ。このうちパリの炎は日本初公開となる。これらのバレエを演出したのは、アレクセイ・ラトマンスキーと、今年90歳を迎えた世界的に有名な演出家ユーリー・グリゴローヴィチだ。
ボリショイ・バレエのマハール・ワジーエフ芸術監督は次のように述べている。
「私たちには伝統がある。私たちが行うことの全て、そして私たちがお見せする演目の全て、それはそっくりそのまま日本へ持っていく。来日公演の土台になっているのはチャイコフスキーのバレエだ。これは日本側の要望によるものだ」
白鳥の湖は時代によって様々な表情を見せてきた
日本人とバレエとの出会い
エレーナ・スミルノワ
日本の観客が、はじめてヨーロッパのバレエを見たのは、1916年のことだった。その時、マリインスキイ劇場のソリスト、エレーナ・スミルノワとボリス・ロマノフが東京で3つのバレエ・コンサートに出演した。そして1922年、あのアンナ・パヴロワが日本を訪れ、東京、横浜、京都、大阪、広島などで公演、多くの人々を魅了し、幅広い反響を呼びおこした。

モスクワのボリショイ劇場が初めて日本公演したのは、1957年のことだった。これはまさに大成功となり、一カ月もの間日本に滞在し、6つの異なるプログラムを披露した。公演先はどこも、割れるような拍手の嵐に包まれた。あれから60年の間に、ボリショイ・バレエ団は18回、日本を訪れ、その時々の世代の最も輝ける才能豊かなスター達を日本のバレエファンに紹介してきた。特に今年の公演は、来年2018年が露日交流年にあたっていることから、特別の意味を持っている。
不屈の名作の誕生
今回の公演で最初に上演されるのは、古典バレエの傑作でボリショイ劇場バレエの名刺代わりと言える演目、チャイコフスキイのバレエ「白鳥の湖」だ。今でこそ傑作の誉れ高い作品だが、その歴史は容易なものではなかった。この作品がボリショイ劇場の舞台で初演されたのは、1877年のことだった。初演は成功せず、チャイコフスキイの存命中、このバレエは失敗作とされた。それから18年後、振付家のマリウス・プティパとレフ・イワノフが、チャイコフスキイの弟モデスト氏と共同で、台本と楽譜を新たに見直し、1895年にマリインスキイ劇場の舞台にかけた。この改訂版は「白鳥の湖」に新たな生命を吹き込み、大成功をおさめ、その後ロシア・クラシックバレエのシンボルの一つになったのである。
「白鳥の湖」
1957年、マイヤ・プリセツカヤ
振付家スペシャルインタビュー
元著名なバレエ舞踊家で、現在ボリショイ劇場バレエ・グループの振り付けを担当しているボリス・アキーモフ氏は、スプートニク記者に対し、バレエ「白鳥の 湖」について、バレエ団の日本公演について、そして日本のバレエ界に対するロシア・バレエの影響について、次のように話してくれた。
ボリス・アキーモフ氏
スプートニク:
アキーモフさんは、御自分のバレエ生活の中で「白鳥の湖」を含め、多くの役柄を演じてこられましたが、「白鳥の湖」の中で、あなたが最も気に入っていた役柄は何でしたか? そしてそれはなぜですか?
アキーモフ氏:
私は「白鳥の湖」では、王子役も悪い魔法使い役もやりました。ある日には王子を、別の日には悪魔を踊りました。正義の味方も悪役もやりました。私にとって、より身近だったのは、悪役でした。なぜならこの役は、ロマンチックな王子とは正反対の役柄で、性格も身体の動きも特別だからです。ヒーローとアンチヒーローの差を際立たせるために、悪魔役は、表現力豊かに踊る必要があるのです。その事は、演技者にとって興味深い課題です。つまり、どう踊って観客まで、自分が演じる役柄の性格を届かせるか、どう見せるか、どうやったら成功するか、それを考え踊るのはアーチスト冥利に尽きます。
スプートニク:
日本公演での、思い出をお話下さい。
アキーモフ氏:
私の最初の日本公演は、1975年でした。私も私の同僚も、最初の公演からすっかり日本が好きになりました。日本のバレエファンの皆さんの温かいおもてなし、普通と違った素晴らしい拍手を思い出します。公演後私達は、劇場から出ることができませんでした。非常にたくさんのファンの方達が、サインを求め、私達にプレゼントを渡そうと待っておられたからです。
まさに贈り物の洪水でした。それは心のこもったものでした。バレエ芸術に対するこうした特別の態度によっても、日本という国は、私達の心に強く刻まれています。もうほぼ27年間、毎年私は、日本に行っています。今年は思いもかけず、天皇陛下から旭日章を賜りました
日本における文化芸術の発展に傑出した功績があったとして、モスクワの日本大使館で、この勲章を受け取りました。大変感動的で、興奮しました。このように私は、多くのことで日本と結びついているのです。
なおロシア・バレエが日本のバレエ芸術の発展に、どのような影響を与えたか、日本の舞踊家の踊り方をどう変えたかについては、こちらのビデオを御覧頂ければ、ご理解頂けると思います。
「スプートニク」はまた、バレエ界の新星、クセーニヤ・ジガンシナさんとダヴィド・ソアレスさんにお話を聞くこともできた。2人は、日本公演が待ち遠しく、早く本物のお寿司を食べてみたい!と語った。
次回は、ロマンチック・バレエの王道、ジゼルをご紹介します。お楽しみに!
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