マースレニッツァ
ロシアで、復活大祭(パスハ)前のマースレニッツァ週間(バター祭)が始まった。大斎期(ベリーキイ・ポスト)は、復活大祭前の49日間の精進期だが、復活大祭が移動祭日であるため、その前のマースレニッツァ週間は、毎年時期が異なる。今年は、3月4日から10日だ。
この週は普通、市が立ち、人々は踊りやソリ滑りを楽しむ。むろんイクラや蜂蜜、ジャムなどをのせた、太陽のようにまん丸のロシア風クレープ(ブリヌィ)を焼いて食べるのも欠かせない。この週の最後には、すべての行事を締めくくる形で、マースレニッツァの案山子が燃やされる。古代スラヴ人達は、この事に冬を送り春を迎える象徴的な意味合いを持たせた。そして正教徒達は、肉などを断つ精進期に入る。
「マースレニッツァ」の起源
「マースレニッツァ」の起源は、キリスト教を受入れる前の大自然を崇拝する多神教の古代ルーシ時代(988年)にさかのぼれるもので、春分の日を前に、冬を象徴する案山子を燃やしたり、格闘技の大会を催したり、ブリンと言われるロシア風クレープを焼いて皆で食べ、飲めや歌えの楽しい時間を過ごす。ロシアが正式にキリスト教国家になった後も、そうした民間の伝統は無くならず、キリスト教の暦の中に吸収されていった。
マースレニッツァは今日、正教徒の祝祭とみなされているが、特定の宗教を持たない一般の多くの人も、お祭りに加わり、家ではブリヌィを焼く。
モスクワでロシア風クレープ「ブリヌィ」の伝統的なお祭りが始まる
飲めや歌えやのマースレニツァ! 東京で初の試み
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簡単に美味しくできる!
ロシア風クレープ「ブリヌィ」のレシピ
実際、このブリヌィをおいしく焼くコツは作る人の数だけありますが、今回はみなさんに昔ながらのスタンダートなブリヌィの調理レシピをお教えしましょう。
材料
(約12人分)
材料
(約12人分)
牛乳 500ミリリットル
卵2個
塩 ひとつまみ
砂糖 大さじ3
小麦粉 約300ミリリットル
植物油 大さじ2
①
①
大きめのボールに常温の牛乳を注ぎ、
そこに卵と塩、砂糖を加えて混ぜます。
②
②
ダマができないように、少しずつ小麦粉を加え、
よくかき混ぜます。ダマはどうしてもできやすいので、よくかき混ぜるのが大切。生地をすくいあげたとき、トロリと垂れるくらいの状態に仕上げるのがポイント。
③
③
植物油以外の残りの材料を加えてかき混ぜ、
15分から20分ほど室温で寝かせてから植物油を加えます。ところで、ブリヌィの生地は冷蔵庫で保存ができ、あとで焼くこともできます。置いておいても特に問題はありません。生地はしばらく寝かせた方が、より美味しくなると言われています。
④
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生地がくっつかないために、フライパンはカンカンに熱してください。
ロシアの諺には、ブリヌィの「最初の一枚は失敗」という表現がありますが、失敗するのはフライパンの加熱が不十分だからです。焼くときは適度な火力で。また生地に小麦粉が足りないと破けたり、こげたりします。
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もう1つ、うまく焼く秘訣をお教えしましょう。
それは生地に植物油をひとさじ加えること!このひとさじで生地はフライパンにくっつくかず、うまく焼けます。
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生地に加える砂糖の量が多いほど、縁がキツネ色にこんがり焼けた、おいしいブリヌィが出来ます。でも甘すぎると生地は焦げてしまいますから、ほどほどに。
しかし、祝日のご馳走はブリヌィだけではない。マースレニッツァのテーブルにはご馳走が並ぶのが常である。オラジイも並べば、さまざまな具材(キノコ、カッテージチーズ、キャベツなど)の入ったピロシキも並ぶ。
マースレニッツァの日々
マースレニッツァの日々
マースレニッツァの1日目は「フストレーチャ(出会い)」と呼ばれる
この日は氷の滑り台を滑ることになっていた。昔は、そりが遠くへ滑れば滑るほど、滑り台のまわりの騒ぎ声や笑い声が大きければ大きいほど、収穫が増え、亜麻が大きく育つと信じられていた。
2日目は「ザイグルィシ(戯れ)」
この日は未婚女性が特にドキドキする日だった。なぜならザイグルィシの日に花嫁と顔合わせが行われたからである。マースレニッツァの儀式は本質的にはすべて、大斎の後に結婚式を挙げるための求婚を目的としたものだった。
3日目は「ラコムカ(ご馳走)」
この日は、どの家でも奥さんが美味しい料理をたくさん作り、テーブルを賑わせる。その中心にあるのはもちろんブリヌィだ。また、この日には、義母がお婿さんに対する好意を表し、食事に招待することになっていた。
4日目は「ラズグリャイ(お祭り騒ぎ)」
この日からマースレニッツァも佳境に入る。朝から晩までお祭り騒ぎをして、踊ったり、輪舞をしたり、チャストゥシカを歌ったりした。人々はあらゆる遊びに興じ、氷の滑り台やブランコ、格闘や酒盛りに明け暮れた。この日には、太陽が冬を追いやるのを助けるため、伝統的に、人々は馬に乗って「太陽の周り」をまわった。つまり、村を一周したのである。これはマースレニッツァで最も美しく、人々の大好きな儀式だった。
5日目は「チョーシヌィ・ヴェチェラ(義母の夜)」
この日に行われるマースレニッツァの数多くの儀式は、結婚を早め、若者たちが自分に相応しい相手を見つけるのを促すためのものだった。お婿さんたちは義母を家に招き、ブリヌィをご馳走した。お婿さんは前夜のうちに義母を自ら直接招待しなくてはならなかった。
6日目は「ゾロフキヌィ・ポシジェルキ(小姑の集い)」
この日には、若いお嫁さんが親類を自宅に招待することになっていた。小姑たちがまだ未婚の若い女性であれば、お嫁さんは未婚の女友達も自宅に呼び、小姑たちがすでに結婚していれば、すでに結婚している女友達や親類を呼んだ。お嫁さんは小姑たちに贈り物をしなければならなかった。
この日は、近くの村落からすべての新郎新婦が祝賀の行われる村に集まった。新郎新婦は多くの観客の中から滑り台に呼び出される。そこで彼らは、このイベントを見るために集まった村の住人にお辞儀をし、彼らの前でキスをして、そりに乗って滑り台から滑り降りなければならなかった。滑り降りたら「ダヴァイ、ダヴァイ!」(やれ、やれ)と叫ぶ観客が飽きるまで、キスを続けなければならなかった。
7日目は「プロショノエ・ヴォスクリセニエ(許しの日曜日)」
この日は、自分が何か悪いことをしたり、何らかの過失で怒らせてしまった友人や親類に許しを請うことになっていた。また自分自身も、他の人が偶然もしくは意図的に行った同様の行為を、同じように心清らかに許さなければならなかった。そしてこの日、マースレニッツァのヒロインで、去りゆく冬を象徴する大きなわら人形を燃やしたのである。
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