剣を片手に華麗に舞う!日本武芸を極める強く美しいロシア女性たち
~女性限定の武芸学校「剣舞 心」訪問記~
ロシアでは日本武道の人気が高く、柔道や空手といった伝統的な武道が学べる場所はたくさんあるが、今回はスプートニクが珍しい学校をご紹介する。ロシアで唯一の、女性のための伝統武芸学校「剣舞 心」(けんぶ・こころ)だ。ここではたくさんの若い女性が、忍びの術を中心に、真剣に日本の伝統武芸に取り組んでいる。体力づくり、強さ、美しさ、日本文化の体験という、様々な要素の融合がこの学校の魅力だ。
カリキュラムには、忍びの術の中でも、比較的女性にふさわしい技術が積極的に取り入れられている。男性ほどの力を必要としなくても、自分が自然に持っている力を活用したり、心理学や生物学の知識を実戦に応用する。体力的に無理をすることなく、総合的な力で戦いに臨むのだ。

忍者が使っていた剣、忍刀(しのびがたな)のトレーニングや、通常の刀を用いた無双直伝英信流山内派の稽古、そして剣と扇を持って舞う「剣舞」など、ここで学べることはバラエティに富んでいる。剣舞は、単に剣を持って踊るダンスではない。動作のひとつひとつに、伝統や意味がこめられており、踊り手はそれを理解する。剣舞の稽古を通して、女性らしい所作を見につけたり、記憶力を向上させることができる。
「剣舞 心」を創設したのは、武道家のユリア・グレンコーワさん。グレンコーワさんは剣舞、忍法体術、抜刀術など数々の技を習得。女性が学べる女性のための学校を作りたいと願い、7年前に夢が実現した。現在、「剣舞 心」はモスクワ市内に複数の拠点をもっており、グレンコーワさんの一番弟子である七人の女性が講師となって、それぞれ教鞭をとっており、グレンコーワさん自身はテーマ別の特別セミナーや夏合宿の指導を行なっている。講師は日本文化に興味がある人ばかり。茶道や生け花、書道をたしなむ人もいれば、和服の着付けを学んでいる人もいる。水引や組紐のような手作り品に心ひかれる人もいる。
ユリア・グレンコーワさん
「皆、日本の伝統芸術に対する造詣を深めようと努力しています。ロシアには日本文化を愛するたくさんの女性がいますし、彼女たちはそれを通して自分自身を高めたいと考えています。日本の全ての分野に通じるには時間が足りませんが、日本文化が美の深淵を与えてくれることは素晴らしいことです。」

女性たちはなぜこの学校に入るのか?
「自分に自信をもちたい」
「日本文化や伝統が好き」
「東洋について学びたい」
「身体を動かしたい」

など、動機は様々だ。
グレンコーワさんの一番弟子の一人で、今では講師となったヴェロニカ・バルカロワさんは「やりたい理由はどんどん見つかっていく」と言う。バルカロワさんは、指導のかたわら、日本語を真剣に勉強している。
「私が指導しているクラスは2年半ほど前に開講しました。様々なレベルの受講者が色々なきっかけで来るのですが、習い始めて、これは自分に合っていると思うと、それぞれの人が自分の中にたくさんの色々な理由を見つけていき、もっと頑張って続けていこうと意欲がわくのです。するとそれぞれの理由は混ざり始めて結びついていきます。」
バルカロワさん
緊張感が伝わる授業見学
冷え込みが厳しいある平日の夜、筆者は学校見学に訪れた。おそろいの道着に身を包んだ女性たちが礼儀正しく出迎えてくれ、一瞬ロシアにいることを忘れてしまいそうだ。受講者は10代から20代。このクラスの指導にあたっているバルカロワさんは筆者に「日本人が来るということで、みんないつもより緊張しています」と耳打ちしてくれた。こちらにも、緊張感がひしひしと伝わってきた。

まずは怪我をしないように丹念に準備運動を行なう。筋肉をほぐし、戦いの準備ができるようにする。準備運動は、授業後半で使う戦いの要素を随所に取り入れたものだ。これにかかる時間は50分ほど。私語は一切禁止で、それぞれが真剣に取り組んでいる。後半40分は、突き、蹴り、回転、抜刀など、絶え間なく様々なメニューをこなす。最後に剣舞の試演を見せてもらったところで、あっという間に一時間半が過ぎた。
ここで得た技や知識が「習いっぱなし」になることはない。「剣舞 心」では、年に二回、定期試験を行っている。「知識は、ある程度のストレスをかけて、試験に臨むことによって蓄えられる」というのが、グレンコーワさんのモットーだ。集大成となる剣舞の披露会も定期的に開催されており、見につけた技術を定着させるのに大いに役立つ。

受講者の中で一番美しい舞を披露してくれたのは、社会学を勉強している大学生のザリーナさんだ。ザリーナさんは日本文化への興味から、3年前から「剣舞 心」に通っている。「トレーニングのプログラムがぎっしり詰まっているのがいいですね。運動という面でも、日本文化と歴史を知るという面でも、面白いです。一番興味深いのは、刀剣や、そのほかの日本古来の武器について学べるところです」
2年間通っているというデザイナーのユリアさんは、「女性だけというのもいいし、先生もトレーニング内容も気に入っています。体術だけでなく、武具を使った総合的なアプローチができるのが魅力的です」

女子高生のオリガさんは一年前、先に通い始めた姉の影響でトレーニングを始めた。「素敵な仲間がいるので頑張れています。学校の雰囲気が良く、ここへ来ると自分の中に新しい考えやアイデアが生まれてきます」




道着の胸元に刺繍されている「剣舞 心」のロゴマークの中心には、「志」の文字が入っている。グレンコーワさんは、本当に何かをしたいと望めば、実現できると信じる。まずは何よりも高い志をもち、それに向かって少しずつ、絶えず努力することが大事なのだ。

武道を学んでまず見につくのは礼儀だと言われるが、「剣舞 心」に通うのは礼儀正しく真面目な人ばかり。授業は文字通り、礼に始まって礼に終わった。日本の伝統と文化に敬意を払い、練習を積み重ねながら輝く女性たちの姿を目にして、胸に熱いものがこみあげてきた。
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